漱石101回忌の奇跡――漱石の微笑
『坑夫』 96→ +『明暗』188=284
『三四郎』 117→ +『行人』167=284
『それから』 110→ +『こゝろ』110=220
『門』 104→ (『門』104+『道草』102)/2=103
『彼岸過迄』 117→ +『行人』 167=284 +『三四郎』(or『彼岸過迄』 117
『行人』 167→ +『三四郎』117=284 _______________________________
『こゝろ』 110→ +『それから』110=220
220!!
『道草』 102
『明暗』 188→ +『坑夫』96=284
+__________
1111 (=101×11)
漱石は『行人』の制作にあたって、その基本的な意味構造を、新聞連載の<11>回とした。『三四郎』の<3/4/6>を
『行人』へリンクさせる手段として<33・44・66>という回数で「友人・兄・帰ってから(塵労)」の各章をまとめようとしたからだ。その基本の<11>は、見事に<1111>回という、『坑夫』から『明暗』までの新聞連載回の合計回数となった。これは、たぶん偶然ではない。死の床で漱石は密かに快哉を叫んで微笑したと思われる。
『明暗』を188回で擱筆することは、上の計算のように、ミューズが言祝ぐ数値だからだ。しかも、<101>という美しい素数とも関わって、またとない数理の整合性が叶えられている。漱石が<失った愛>との「友愛世界」がここに完成した。
「そりや何とも云へないわ」
清子は斯う云つて微笑した。津田は其微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の室に帰った。
何というミステリアスな終わり方だろう。清子の微笑は見事に漱石の微笑と重なっている。
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