漱石の101回忌(十二月九日)に刊行予定の新著の版下ができ、印刷製本を発注。 表題は「漱石のどんでん返し――『坑夫』から『明暗』への友愛世界<220=284>」
『坑夫』〔96回〕+『明暗』〔188〕= 284 という、220との「友愛」関係が、そこでも成立していたことに驚く結論となった。あたかも、漱石は『明暗』を188回以降を、書くつもりが最初からなかったかのようなのだ。
1916年〔大正6年〕11月21日に188回を書き終えると、その晩、辰野隆の結婚披露宴に夫婦で出かけ、前菜のピーナッツ〔好物〕を食べ過ぎて、翌22日朝、腹痛から執筆不能に陥ったと伝えられている。しかし、オープンエンディング(あとは読者の読みに委ねる、『坑夫』以来一貫してきた小説作法)を、この『明暗』でも使おうとしたとすれば、「……清子はこう云って微笑した。津田はその微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の室に帰った」というエンディングは、意味深長な終わり方なのだ。
結婚披露宴が「最後の晩餐」となるように、漱石は密かにたくらんでいたに違いない。いわば、詩の女神に「殉死」する覚悟を、『坑夫』執筆の時からもち続けていたという、新たな仮説が成立する! ほとんど信じがたいことだが、それほど漱石の営為には首尾一貫性があって、それが『坑夫』にも表現されている――
……小説になりそうで、まるで小説にならない所が、世間くさくなくって好い心
持だ。……この一篇の「坑夫」そのものがやはりそうである。……小説の様に拵
えたものじゃないから、小説のように面白くはない。その代り小説よりも神秘的
である。凡て運命が脚色した自然の事実は、人間の構想で作り上げた小説よりも
無法則である。だから神秘である。[41]
……自分は元来が小説的の人間じゃないんだが、……自殺を計画した時は、いつ
でも花々しく遣って見せたいと云う念があった。[80]
19歳の「坑夫」が、何年かの文章術習得を経て、「小説」ということばを19回書き込んで造った「小説」が『坑夫』なのだ。展開部の冒頭の第41回に、「小説」を繰り返し、展開部の末尾を「小説」で締めている。誰にも真相が解明できない「神秘」を実演して見せたのが、『明暗』の巻末と言える。まさに文芸人生の至福のときだったろう。
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渡辺義人 (月曜日, 28 11月 2016 14:53)
先週に「抗夫」を読み終えました。”たくらみ”を読んで、漱石が40回を残して188回で亡くなってしまったことが計画的だったと思えたので、今回の先生の本で確信できそうです。いつもながら先生の本には驚かされます。早く読んでみたいです。